今夜のヘルスケア通信は、カテゴリー「根管治療」です。
歯科医師となって30年以上、昔の古い治療から最新の治療技術まで、様々な治療を経験してきた中で、最近特に思うのは「根管治療」の重要性です。
予防と材料と治療技術の発達で、昔にくらべ、あきらかに虫歯や歯周病は減少してきています。
しかし、その中で、逆に目立って気になっているのが、「雑に」行われた古い歯科治療のやり直しなのです。
特に「根管治療」は、かつて「年を取ったら歯は無くなるもの」と思われていた時代に、大量の虫歯の洪水の中で、簡単に神経を取っていた経緯があります。
この時代の治療は、たくさんの患者をこなすため、スピードと効率重視。「感染予防」も「長期的視野」も無く、ただ痛みを取って、早く噛めるようにするために、まあ海外の基準からすると「いい加減な治療」がたくさん行われてきました。その流れは、つい最近まで変わっておらず、その分、保険診療としての費用も低く、それがさらにいい加減な治療につながる、という悪循環をもたらしていました。
その日本の根管治療が大きく変わったのは、まだほんのこの10年くらい、海外では当たり前だった歯科用マイクロスコープや、歯科用CTが日本に導入されてからでした。
今回は、それらの技術や機材があると、どんな治療ができて、何がすごいのか?そんな話をしてみたいと思います。
まずは症例写真をご覧ください。
40歳、女性。
前歯の付け根の歯ぐきにプクッと「デキモノ」が出来ました。
以前に何度か紹介していますが、歯ぐきにプクッとこんな「デキモノ」が出来たら、ほとんどが、わりと「重症の歯周病」か、「根管治療が必要」か、「歯が割れているか」、いずれかです。
レントゲンを撮ってみると、腫れている歯の左右のクラウンの根管治療もなんとなくあやしい。
聞けば、クラウンをかぶせてまだ3年くらいしか経っていないそうです。ひどい話です。
とりあえず、歯が割れていないか確認のため、クラウンを外してみました。もし歯が割れていたら抜歯しかありません。
金属の土台が入っていましたが、これは明らかに緩んでいる様子。まずはちゃんとした根管治療が必要でしょう。
ここでCTも撮らせてもらいました。病巣の状態を立体的にとらえることができるため、精密な根管治療には、いまやCTは絶対に不可欠です。
これを見て、まずちょっと頭を抱えました・・・。ぎょっとするような画像ですが、問題となっているのは、黒丸の部分。
顎の骨に穴が開いて、歯の根っこがほとんど見えています。感染による炎症で歯を支える骨が溶けてしまっているのです。
左右の歯は、通常の根管治療で治りそうですが、この腫れている歯は「根管治療」で治るのかどうか・・・、この時点では正直自信はありませんでした・・・。
慎重に金属の土台を外し、再感染に細心の注意を払いながら根管治療を行いました。根管治療の原則は、感染予防です。
土台を外した後は、マイクロスコープでヒビ割れが無いかも確認しました。ここもどうしてもマイクロスコープが必要な部分です。
たまに、マイクロスコープでも見えないヒビが隠れている時があります・・・。ヒビ割れがあると、やはり予後は悪く、ポケット測定なども併用して、慎重に診査をしていきます・・。
今回は、幸いヒビ割れは無かったので、古い感染したセメントや象牙質をできるだけ慎重に取り除いた後、「水酸化カルシウム」という薬を貼薬しました。これも昔と大きく変わったところです。昔は、ホルモクレゾールと呼ばれるホルマリン製剤を根管治療に使っていましたが、発がん性なども認められるようになり、今は当院では使用を全廃しました。このホルモクレゾールは刺激が強く、使わない方が痛みが出にくく成績が良いように思います。いわゆる、「歯医者さんのにおい」も、この薬が原因です。
術後、徐々に腫れは引いていきました。(下写真、仮歯が入っています。)今回のような根管治療では、治療は長期にわたるため、見た目と噛み合わせに支障が出ないように、必ず仮歯を入れるようにしています。
このあと、数回水酸化カルシウムを貼薬し、感染物質を十分に除去した後、「MTAセメント」で、根管充填を行いました。
「MTAセメント」も、この10~15年で開発された画期的なセメントです。取り扱いが難しいため、マイクロスコープの直視下で精密に充填する必要がありますが、従来では抜歯になっていたような歯でも、これによって治癒する症例がたくさんでてきています。
この状態で、十分に治癒を待ちます。
約2年後のCT画像です。
初めに見えていた根っこの周囲に、きれいに骨ができています。ここまでの改善は、僕も期待していなかった、というか想定を超えていたので、僕自身、内心大喜び(笑)。ちょっと記事にしたくなりました(;^_^A。
この状態を確認したのち、この歯を含む3本の歯を、メタルボンドセラミッククラウンにて修復しました。術前のクラウンより、ちょっと明るめに修復して、他の歯をホワトニングして調整しました。
以前のクラウンが長く持たなかったのは大変残念でしたが、ギリギリのところで抜歯は避けることができて、結果は患者様にも満足していただけました!
さて、ここで、最初の本題に戻ります。
最近感じている「根管治療」の重要性の話です。
普段あたりまえのように行われている根管治療は、実は大変難しく、海外などで専門に勉強した専門医でさえ、最初に神経を取る治療で成功率90%少々。再根管治療にいたっては成功率50~60%と言われています。
その難しい根管治療にもかかわらず、正直、日本では、保険診療とはいえ、本当に無造作に行われている傾向があります。
その結果、今回の症例からでもわかるように、無造作な根管治療の上にクラウンを入れてもどこまで持つかわからない、という単純なトラブルリスクの話が起こるのです。
それどころか、根管治療の失敗は、ひとつ間違うと、即、抜歯のリスクにつながるのです。
これは、保険診療だから、これくらいでいいじゃないか、って話ではないのです。
現在は、昔のように次から次へと虫歯ができて、年間に多数の治療が入るような時代ではありません。
患者様も歯科医師も、1~2本の虫歯の治療に、時間とリソースを集中することがある程度できると思います。
接着材料も良くなって、神経は深い虫歯でもかなりのところまで残すことができます。
まずは、根管治療にならないよう、神経を取らないように、最善の努力をすること。
そして、やむなく神経を取る、あるいは再根管治療を行う場合は、僕も最善の努力をいたしますので、ここは、もう慎重に、時間と労力がかかることに覚悟を決めて、理解をいただいて、取り組んでいただけたらと思います。
根管治療・・・、大変ですけど、本当に大事です(;^_^A。